高級イメージを高めるための一等地への出店

2011.04.07

百貨店への出店がお約束だったブランドが、一等地に路面店も構えるようになったのは、より完璧に「ブランドの世界」を客に提示し、高級イメージを高めるためだ。百貨店に優遇されているとはいえ、百貨店の制約がある中では思うような店作りはかなわない。だからといって、路面店を出すには高級ブランドにふさわしい立地と環境、客層が必要だ。銀座とは、高級ブランドのおめがねにかなった選りすぐりのエリアなのである。かといって、すべてのブランドが大型の路面店を開くことができるわけではない。強靭な企業体力の持ち主だけだ。地価が落ちたとはいえ、銀座に店を出すには豊富な資金が必要になる。銀座に路面店を出すためならば高い費用もいとわないlそういえるブランドだけに許されることなのだ。エルメスはセイコーの土地を100億円近い金額で、シャネルはダイエーのビルを約一七〇億円で取得したといわれている。しかもどちらも現金一括払いだ。シャネルの関係者に聞くと、「本社のオーナーがポケットマネーで払った」という。銀座に店を出すことは、小売業にとっては究極の夢とされているが、それは洋の東西を問わないらしい。ブランド出店の嵐によって、バブルの崩壊後下落していた地価もじわりじわりと上がりはじめた。好物件の獲得をめぐっては、ブランド間で過熱した競争が繰り広げられている。ただし、ブランドが店を出したくなる立地と広さの物件に限っての話だ。中央通りでは、坪当たりの家賃は一五万円が相場だが、中央通りから二本有楽町寄りの通りになると、八万円程度に下がる。中央通りに売場面積一〇〇坪以上の店を構えたいのならば、一ヵ月に一五〇〇万円もの家賃を用意しなくてはならないのである。二丁目のカルティエは、契約から実際に店をオープンするまでに二年近い時間を要したが、不動産関係者は、「その間、カルティエは毎月、約二〇〇〇万円の家賃を払い続けた」と話す。もしその話が本当ならば、カルティエはオープン前までに五億円近い金をつぎ込んだ計算になる。百貨店の中も含めると、一〇〇店近くにおよぶブランドショップが銀座出店のために落とした金額が総計でいくらになるかは見当もつかない。こうして大枚をはたいてブランドが銀座に集まれば集まるほど、ブランドエリア銀座の魅力に拍車がかかり、さらに別のブランドの出店を誘うこととなる。銀座同様、表参道・青山地区でも、ブランドショップの開店が目白押しだ。経営が破綻した、あるいは業績が低迷する企業に代わって、ブランドが土地を取得するという流れは、銀座とまったく同じだ。「歌う不動産屋」の異名を取っていた千昌夫の会社が所有していた土地は複数の企業が抵当権を持っていたが、最終的に手に入れたのはヴィトンだった。プラグは、さくら銀行(現三井住友銀行)の厚生施設の跡地を購入している。やはりキャッシュでの一括払いで、購入金額はヴィトンが四〇億円、プラグが六〇億円と推定される。経営破綻に追い込まれたマイカルグループの商業ビルービブレは、アメリカの投資銀行、パブJツクアソドブラウソと三菱商事が一一四億円で買収し、サンローランやシャネル、ダッチ、アルマーユなどブランドばかりを集めた複合ビルに作り変えた。表参道や青山の一帯は、銀座よりも客の年齢が若く、ファッションやオシャレに興味の高い人が数多く訪れる。今ブランドが生き残るには、伝統や文化だけでなく、ファッションやトレントを反映させた新しい試みが不可欠だ。革新なくしては、ブランドは淘汰される。ブランドのほとんどが銀座地区と表参道・青山地区の両方に店を構えるのは、伝統的な顔とファッションの顔の両方を持つブランドなのだと日本人にプレゼンするためなのだろう。そうしたブランド側の出店は同じエリアの老舗にどのように受け取められているのだろうか。一三〇年の歴史を持ち、「鞄」という漢字を世に送り出したことでも知られる、老舗鞄店タニザワの商品開発室長、若林昇は、ブランドの銀座進出を好意的に見る。「ブランドのおかげで、昔に比べると銀座は活性化したと思いますよ。日本一リッチな買い物環境が成立して、若い人の来店が増えました。昔は年配の人以外には敷居の高い町だったんですが、それがなくなりましたね。ただ老舗が消えていくのは寂しい気もします」ユニクロやマッモトキョシのような店の進出を快く思わない老舗店は少なくないが、高級なブランド店の進出に関しては、タニザワのように肯定的にとらえる店が多い。ただ、こんな見方をする店もないではない。「もしブランドの人気が落ちてきたら、さっさと店をたたむだろう。銀座で歴史を育んできたわけではなく、銀座に特に愛着があるわけでもない。売上がダウンすれば、あっさりいなくなるのではないか。その時に銀座は空洞化する危険がある」ブランドなら何でももてはやされる時代ではない。明暗が分かれはじめているのは事実である。銀座に大型の路面店を出してもそこで利益を上げているブランドは非常に少ない。アメリカのバッグブランド、コーチは、銀座の路面店で二〇億円近い売上を上げているが、コストと秤にかければとんとん程度で、銀座店単独で考えると利益は薄いと考えられる。一年に五〇億円も売り上げている松屋内のヴィトンは利益確保組だが、ほかにどれほど黒字のブランドがあるのかは疑わしい。とはいえ、「銀座には何か何でも出店したい」と意欲を見せるブランドは依然として多いし、銀座の路面店を閉めるとなると、ブランドイメージへの傷は避けられまい。そもそも資金的な余裕があるブランドだけが店を構えているのだから、銀座出店のメリットがデメリットを大きく下回ることさえなければ、銀座からの撤退を決断するブランドは少ないように思える。ただ、もしブランドにとって日本がくおいしい〉マーケットでなくなれば、銀座も表参道も空洞化の危機に追い込まれる。百貨店の一階もすっぽりと空く。ブランド頼みの地域になすすべはない。